冬虫夏草研究の歴史冬虫夏草研究の歴史

冬虫夏草研究の歴史

薬用や食用とされる菌簟(担子菌類)の中に物木材腐朽菌という種があるが、これは木材のリグニンやセルロースの分解酵素によりグルコースなどの単糖類に分解し、これを生命活動のエネルギー源として世代を繰り返している。同じ薬用菌類の中には生命活動のエネルギーを生きた昆虫に求める菌もあり、昆虫に対して選択的に感染して虫体成分を栄養源として世代を繰り返すもので、その代表的な菌にはバッカクキン科(Clavicipitaceae)のノムシタケ(Cardyceps)属の真菌がある。Cordyceps属菌に分類される菌類の一部は古来より薬用として珍重されるほか、薬用資源としても重要な位置を占める。

Cordyceps属菌について記された歴史的書物は16世紀にまでにさかのぼり、1590年に著された「本草網目」に「蝉花」として見え、挿絵からセミタケ(Cordyceps sobolifera(Hill)Berk. et Br.)と判断される。わが国では、1726年に松岡恕庵が著した「用薬須目」に「蝉花」の記事をのせている。1727年には、シナ冬虫夏草(Cordyceps sinensis(Berk.)Sacc.)がVaillant,Botanicon Parisienseという学術書に発表され、あわせてサナギタケ(Clavaria militaris = Cordyceps militaris)とハナヤスリタケ(Clavaria ophioglossoides = Cordyceps ophioglossoides)も同書に紹介された。

清の呉儀洛による「本草従新」(1757年)には、冬虫夏草(C. sinensis)が収載され、青木昆陽は「昆陽漫録補」(1768年)に冬虫夏草(C. sinensis)の記事をのせた。19世紀に入ると、「長崎兄聞録」(広川、1800年)に清の「書隠叢説」から引用した夏草冬虫(C. sinensis)の記事が見え、趙学敏の「本草網日拾遺」(1832年)にも夏草冬虫の記載がある。一方で、西欧ではBerkeley(1855年)が「蝉花」をSphaeria sinclairii Berk.,(=Paecilomyces cicadae = Isaria sinclairii、和名:ツクツクボウシダケ)と命名し、Patouillard(1887年)はカメムシタケをCordyceps nutans Pat.と命名した。1892年にはJ.Cookeによって冬虫夏草について詳細に書き記した「Vegetable wasps and plant worms」が出版され、これによってCordyceps属菌の存在が世界に広く知られるようになった。